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正しいメガネのずらし方

やくにたちそうでたたない

SMAPの解散と今後によせる期待について

最近のSMAP個々人の活動を見ていて、何となくそうなる予感がしていた人は多いのではないだろうか。

13日夜、所属事務所が今年12月31日でのSMAP解散を発表した。

以前の解散騒動の時、誰かがSMAPはインフラだと言っていた記事を読んだ。
全国民が共通して持っている記憶であり、日本人の財産なんだと。

まったくそのとおりだと思った。
思えば、SMAPは90年代(自分は中学・高校生の頃)からずっとテレビに出続けており、毎年年末のテレビ雑誌の表紙はいつもSMAPだった。
当時から特にSMAPのファンでもなかった自分がそう思うのだから、長年のファンにとってはもちろん今年は記憶に残る年になるのだろう。

しかし、今年初めの解散騒動と最終的なSMAP×SMAPでの終結は、そんな自分でもとても親近感を感じた出来事だった。
それは芸能界で不動の地位を確立しているように見える大大大スターのSMAPでさえ、様々なしがらみの中で生きている生身の人間、自分のような社畜サラリーマンとそれほど変わらない(もちろん年収とかは別として)のではないかと感じさせるものだった。

普通、SMAPくらいのスターになれば、すべてにおいて優遇されているものだろうと思っていた。そして散々稼いできたにも関わらず、事務所から独立も許されないなんて、なんて不憫なことだろうか。

年齢的にももうとっくに若々しさを売りに出すわけにはいかない段階だから、騒動の時は独立してこれまでとはちょっと違う、新しいSMAPを作ろうとした方が、よっぽど活動の幅も広がって、ファンも喜ぶのではないかと思っていたが、案外芸能界は不自由なものである。

あの時もし、独立がうまくいっていればと思うと、ちょっと残念な気持ちがある。
今回の原因となった解散のわだかまりもなく、新しいSMAPとして個々人がそれまでと違った味のある活動に取り組む様を見てみたかった。

あの時は独立がいろいろな力によって妨げられたが、結局のところ、今回のような形で解散に至ったことは、SMAPらしいことなのかもしれない。

今後は所属やしがらみからは解放されて、もっと自由に活動していくメンバーを見るのが楽しみである。
そう、生身の人間として、本当にやりたいことをやっていって欲しい。

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